出前とデリバリー

出前=食べ物。と言う挿図が勝手に浮かびます。
ついさっきまで、宅配のサイトを見ていたからかも知れません。
出前って、凄く便利ですよね?
電話して何分か待てば、注文した美味しい品物を持ってきてくれる。
家を出ずにって言うのが最高で、皆さんも一度は体験した事があると思います。
でも、最近では“出前“って言う事が少ないと思いませんか?
“デリバリー”とかって言われる事が多くなりましたよね。
出前で通用するのはラーメンとか、お寿司ですか……?
ピザは必然的にデリバリーになっちゃいますもんね。
言葉の歴史と言う物が変わってきて、日本語も横文字に変化しつつあったりします。
純粋な国語力って日本人としてどうなのだろう?と、思わずにはいられません。
といいますのも、私自身の言葉の使い方、文字の使い方がおかしいからかも知れません。
生活していると、変な日本語でも通用しまかり通ってしまう恐ろしさもあります。
そう思うと、昔ながらの“出前”って言葉も、大事にしていきたいですよね。
出前繋がりで。
私の出身が九州と言う事もあり、私の家は昔ながらの近所にある「とんこつラーメン」をいつも出前しています。
便利なんですよね!
熱々を届けてくれるし、茶碗は洗って外に置いておいたら勝手に持って帰ってくれるし、凄く便利。
あと、出前とデリバリーの違いを考えると……ちゃんとした容器があるか無いかだと思うんです。
と言いますのも、前所に書いていて思い出した事なんですけど、ピザとかは紙の容器で、自分で捨てたり処理しますよね?
でも、出前って、容器やら茶碗を取りに来てくれたりしませんか?
これが、出前とデリバリー、宅配とかの違いなんじゃないかなと思います。
そう考えると、今は時代が進歩して容器もプラスチックだったりします。
ちゃんとした茶碗で、お皿でデリバリーをしている所って……私が思うに「ナイかな?」って思います。
だから、近所にあるラーメン屋さんの出前にはより一層感謝ですよね。
何よりお茶碗って、その人柄と温かさを感じますよね?
時代の進化と共に、住みよい日本にはなりましたけど、地球の事を考えるとやはり、出前のままであった方が良かったように思えます。
これも、核家族化や外食が増えた事も要因としてはあるのかもしれません。
それでも、私達は出前の有難さを考える必要があるのかもしれません。
勿論、お寿司屋さんの中には家庭の大皿を持ち寄ればソレにお寿司を盛り付けてくれたり、安くなったりと、私達に嬉しいサービスとしてありますよね?
ちょっとした事でも、考えると奥が深くて考えさせられます。
皆さんも、たまには近所のお店に出前を取ってみませんか?

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